| 野鳥の会 (やちょうのかい)[名詞] |
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コンサートなどで、一押しメンバーを双眼鏡でガン見(凝視)すること、およびそのような行動をとるファンの総称。 光GENJIファンの場合、スーツなどのキャリア系ファッションに身を包み、歓声に興じる他ファンとの差別化を図っていた人が多かったとの説がある。(2006.10.28) |
| やってられないよ (やってられないよ)[曲名]作詞:松井五郎 作曲・編曲:後藤次利 コーラス編曲:曳田修、鈴木弘明 |
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アルバム「Pocket Album−七つの星−」(1992年7月)収録。諸星和己ソロ曲。 ノリの良さだけが命?という曲。確かコンサートで「やってられないよな」のところで観客が白いハンカチを投げる、という呼びかけがあって(言い出しっぺは諸星和己自身だったと思う)、みんなでそれをやったという思い出があるなあ。そんな些細なこともみんなでやれば楽しかった(遠い目)。(2003.9.19) |
| 山本淳一 (やまもと・じゅんいち)[人名] |
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1972年2月28日生まれ。B型。東京都出身。身長168cm(166cmという説あり)。1985年より2002年までジャニーズ事務所所属。イメージカラーは赤。 愛称「バンジー」。単純に「淳くん」と呼ばれることも多かった。 光GENJIの中で最もリズム感が優れている者の一人。身体は小さいが、ダンスのスケールの大きさは天下一品。 「STAR LIGHT」「ガラスの十代」のソロパートで母性本能をくすぐられ、魅了された女性も多い。 他のメンバーよりソロ曲に恵まれていたと思うが(筆者私見)、コンサートでの衣装には恵まれていなかったことが多かった。キテレツな衣装を着させられながらも笑顔で歌う様は痛々しくも可愛らしく、胸を打つものがあった。 「イヤなこと」を率先して引き受け、「ファンの喜び=自分の喜び」というような健気さを感じさせるキャラクター。 しかし一見「天使風」だが、佐藤敦啓言うところの「アピアピ光線」で、派手なメンバーの陰でちゃっかりファンに自分をアピールすることを怠らない一面も持つ。コンサートでは遠くのファンより近くのファンに目線を合わせて手を振ることが多かった(筆者の経験より)。 光GENJI SUPER5解散後もしばらくジャニーズ事務所に残り、音楽活動やテレビ出演などをしていたが、2002年に事務所を脱退。ファンクラブ「JUNICHI REPUBLIC」を拠点に芸能活動をしていたが、2005年にファンクラブを解散した。2006年4月18日からは芸能活動とともに「ミリオンダラーハッピー」において営業マンとしての活動も開始している。趣味が釣りなのは有名。結婚はしていないが、2001年に女優・遠山景織子との間に一児をもうけている。環境問題に関心が高く、啓蒙活動も行っている。 公式サイトは「ミリオンダラーハッピー」(http://milliondollarhappy.com/)。(2007.12.12) <主な作品(ジャニーズ事務所所属時)>
<主な作品(ジャニーズ事務所脱退後)>
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| 山本淳一 FIRST SOLO CONCERT 1994 (やまもとじゅんいちふぁーすとそろこんさーとないんてぃーんないんてぃふぉー)[固有名詞] |
| 1994年6月17日に発売された山本淳一ファーストソロコンサートビデオ。SAY'Sの他の3人のビデオとともに、2004年3月3日「FIRST SOLO CONCERT 1994 佐藤寛之・山本淳一・赤坂晃・佐藤敦啓」としてDVD化。(執筆中) |
| 闇夜を突き抜けろ (やみよをつきぬけろ)[固有名詞][曲名]作詞:Nakamura Kenji 作曲・編曲:Nakamura“JIZO”Kenji |
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2007年11月23日付で自主レーベルより発売された佐藤寛之のシングル。収録曲は表題作1曲のみ。 完全にライブ向けのノリ重視の曲。ライブに行くと、遠慮がちにmorovicもどきをやる佐藤寛之を観ることができる(かもしれない)。(2008.2.6) |
| 湯あがりブルース (ゆあがりぶるーす)[固有名詞][曲名]プロデュース:Shake |
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| 勇気 (ゆうき)[固有名詞] |
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1990年11月27日発行の「光GENJI全集」シリーズ。佐藤寛之著。 「光GENJI全集」シリーズの最高傑作。何が傑作って、光GENJIが結成された時のジャニーさんの説明部分。ここはある意味かなり読み応えがある。下記に引用させていただくので、心して読んでいただきたい。 (以下引用)「2人(筆者注:内海光司と大沢樹生)が参加したころに、ジャニーさんからみんなを集めて説明があった。 『昔、平家と源氏とふたつの貴族があって、その源氏のほうに光源氏ってゆー、プレイボーイだけど、すごく人気があった男の人がいたんだ。そこんとこは、みんな学校で習ってると思うから…。で、いまここにいる7人に光GENJIって名前をつけたんだ。光は大沢と内海、あとの5人はGENJIだ。この光とGENJIは、もともとは別のものなワケ、まあ英語でゆーと“ライトインシャドー”って、光と影みたいに。このふたつが合体したり、離れたり、お互いにその個性を発揮して動いていくんだ。“光”がその光で、GENJIが進む道を照らしたりね…』 なんか難しい説明だったけど、よくわかったよーな気になったからフシギー。」(引用終わり) 突っ込む箇所は無限にあるのだが、とりあえず一言だけ。ジャニーさん、学校で上記のようなことは習いません! 通常このようなアイドル本が出版される時は、タレント本人だけでなく編集スタッフ(ゴーストライターや校正の人)やら事務所側スタッフやら多くの大人たちが関わっていると思うのだが、それなのにこの部分にどこからもチェックが入らなかったのが何よりフシギー。(2004.9.6) |
| 勇気100% (ゆうきひゃくぱーせんと)[曲名]作詞:松井五郎 作曲・編曲:馬飼野康二 |
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1993年5月13日に発売されたシングル。アニメ「忍たま乱太郎」オープニングテーマ。c/w「微笑みをあずけて」。 アニメ主題歌なので仕方ないのだが、またお子様路線?という印象が否めなかった。こういう歌こそSAY'Sが歌えば良かったのになあ。そのためのSAY'Sじゃなかったのか(あ、違う?)。 ジャケットはカッコいいんだけど…この頃の諸星和己ってちょっと顔が恐いよぅ…。 2002年5月、YA-YA-yahに「勇気100%(2002)」としてカバーされている。(2007.11.7) |
| 勇気を出して (ゆうきをだして)[曲名]作詞:三浦徳子 作曲:清岡千穂 編曲:新川博 |
| アルバム「Dream Passport」(1992年12月)収録。(執筆中) |
| 友人X (ゆうじんえっくす)[固有名詞] |
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筆者の心の友にして、光GENJI道を教えてくれた恩人。 筆者が知らずに某カルト教団セミナーに参加しようとしていたところを止めてもらったりするなど、常に筆者が正しい道を歩いていけるように導いてくれた(光GENJIコンサートの打ち合わせで彼女と待ち合わせた際、筆者が何気なく「今度○○っていうセミナーに参加するんだ〜」と言ったところ、彼女が「それって××(教団名)じゃない?」と気づいたため参加を取り止めることができた。んで、結果的には、本当に××でした。あぶね〜!)。 物事の核心を突く能力に長け、光GENJIに関する名言も少なからずあるのだが、サイト上で公開できないものが多いのが残念でならない。 このサイトが開設できたのも彼女のおかげである。この場を借りて謝辞を贈らせていただく。(2003.8.25) |
| 友人Xの妹 (ゆうじんえっくすのいもうと)[固有名詞] |
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友人Xの妹。我々より3歳年下に当たる。もちろん光GENJIファン。 ファン歴も長く、その情熱は我々をも凌駕するほどである。現在は母親業も営みファン活動もままならない日々を送っているが、「光GENJIのメンバーと握手した時のことを思い出すとホントに子供たちには申し訳ないけど、出産の感動とは比較にならないくらい感激で胸がいっぱいだったのをよく覚えてる」と言い切ったツワモノ(彼女、出産ではかなり苦労させられたと聞いているのだが…)。 上記のエピソードだけを読むと、彼女が光GENJIしか眼中にない非常識な鬼母のようだが、もちろんそんなことはなく、きちんと母親業を優先させている常識人なのでご安心を。 このサイト開設の陰の功労者。感謝してます。(2004.5.18) |
| 雪色のピアス (ゆきいろのぴあす)[曲名]作詞:津田りえこ 作曲:和泉常寛 編曲:米光亮 |
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EP(ミニアルバム)「宇宙遊詠」(1993年12月)収録。(執筆中) |
| 夢で逢えるから (ゆめであえるから)[曲名]作詞・作曲:山本英美 編曲:中村哲 |
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1992年11月6日に発売されたシングル「愛してもいいですか」のc/w曲。 明るさが哀しい別れの曲。今になって聴くと様々な感情が湧き起こる。光GENJIがいなくなって、全然大丈夫じゃない自分がまだここにいるから。7人はとっくに走り出しているのに、置いていかれている自分がここにいるから…。ま、さすがに涙はもう出ないけど。(2003.9.25) |
| 夢の破片 (ゆめのかけら)[曲名]作詞:渡辺智加 作曲:鴨井学 編曲:小西貴雄 |
| 赤坂晃のアルバム「The Way to Our Promise」(1996年7月)収録。(執筆中) |
| 夢のティンカーベル (ゆめのてぃんかーべる)[曲名]作詞:佐藤ありす 作曲:都志見隆 編曲:新川博 |
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アルバム「Hello…I Love You」(1989年10月)収録。 光GENJIらしい、夢のある可愛い曲。やっぱりこういう曲には「7」という数字がよく似合う。これが6階や8階の窓だったら興ざめだもんな。…そんなことない?(特定のグループを指してるわけではないので誤解なきよう。)(2003.9.3) |
| 横浜アリーナ (よこはまありーな)[固有名詞] |
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通称「横アリ(よこあり)」。光GENJIが首都圏でコンサートを開く際に使われることが多かった。 筆者が初めて光GENJIのコンサートを観たのも横アリであり、その意味で非常に愛着のある会場。 友人Xは密かに「自分が死んだら横アリに散骨してもらいたい」と望んでいる。(2003.8.26) |
| ヨシオ・ザ・ファイナル (よしおざふぁいなる)[固有名詞] |
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1989年9月、ラポート社刊。「ファンロード」という超オタク向け雑誌よりアイドル誌「POTATO」、さらには(一時期だが)ジャニーズの公認絵師へと駆け上がったシンデレラガール・湖東美朋(当時のペンネームは「湖東えむ」)の出世作。 ストーリーはなく、能村義男(たぶんモデルはあの人)というキャラクターを主人公としたナンセンス4コマ漫画。読む人を選ぶ作風。全50話のうち、光GENJI(と思われる)キャラクターが出てくるのは第37話から。そこから数回の彼女のディープな突っ走り方はさすがオタク向け雑誌ならではの勢いである。既に絶版だが、古本屋やネット上で手に入れるのは比較的容易。 それにしてもオタク御用達雑誌の漫画家がアイドル誌公認絵師になれたなんて、いい時代だったんだな…。(2004.2.23) |
| ヨーソロー!未来へよろしく (よーそろーみらいへよろしく)[曲名]作詞:松井五郎 作曲:後藤次利 編曲:根岸貴幸 |
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1994年4月28日に発売されたシングル。ステッカー(?)入り。c/w「僕らのREASON」。 「BRAVO! Nippon」を若干バージョンダウンしたような、でも光GENJIらしい未来志向の曲。 …それはいいんだけど、このジャケットの内海光司の不適な笑みと大沢樹生の目つきの異常さは何?あと、裏ジャケットの赤坂晃のメガネ!あなたにメガネは似合わないって言ってるのに!(←聞こえるわけないけど。)(2003.9.25) |
| 夜のヒットスタジオ (よるのひっとすたじお)[固有名詞] |
| (執筆中) |