| 0点チャンピオン (れいてんちゃんぴおん)[曲名]作詞:秋元康 作曲・編曲:馬飼野康二 |
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1995年12月6日に発売されたJunichi(山本淳一)&JJrのシングル。アニメ「忍たま乱太郎」イメージソング。c/w「終わらないSCHOOL DAYS」。 元気のいい、若々しい(と言うよりはむしろ幼い感じの)曲。この曲をジュニアと一緒に歌い切れる山本淳一ってスゴイ。今やジュニアでもこの曲を歌える人は限られると思うぞ。(2003.9.23) |
| 11月2日 (じゅういちがつふつか)[その他] |
| 佐藤寛之の誕生日。1970年11月2日。(2003.8.21) |
| 1994・今… (ないんてぃーんないんてぃふぉー(せんきゅうひゃくきゅうじゅうよん?いちきゅうきゅうよん?)いま)[固有名詞] |
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1994年8月に発行された、7人がテーマ設定から写真セレクト、構成まで全て手がけたセルフ・プロデュース写真集。 セルフ・プロデュースというだけあって、彼らの当時の感性、こだわり、ナルシズム、自信、迷いなどがストレートに伝わってくる。中でも大沢樹生と佐藤敦啓のナルシズムの入り方は半端じゃない。また、佐藤寛之の名曲「UNDULATION」の歌詞も収録されているので、ファンの方は必ず手に入れておきたい。 7人それぞれの写真の後に、自身によるモノローグと「Dear ○○」と題したメンバーからのメッセージが掲載されている。このメッセージがまた7人の関係性をよく表しており、この写真集の一番の見所である。「みんなの前だといばってる眼。2人になると優しい眼」「俺が曲を作って、寛くんに詞を書いてもらって、作品になったらいいな」「晃には心あるもん、愛あるもん」など名台詞も多い(多すぎて紹介しきれない。買え!そして読め!)。 この年のこの月、2人脱退という現実を迎えることになろうとは予想もしていなかった…。(2003.8.21) |
| 1月11日 (いちがつじゅういちにち)[その他] |
| 内海光司の誕生日。「いちきゅうろくはちいちてんいちいち」として覚えている人も多いだろう。1968年1月11日。(2003.8.21) |
| 2000年の翼たちへ (にせんねんのつばさたちへ)[曲名]作詞:松井五郎 作曲:羽田一郎 編曲:米光亮 |
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アルバム「WELCOME」(1993年9月)収録。 光GENJIらしいと言えば「らしい」んだけど、筆者にとっては今ひとつピンと来るモノがない曲。どこが悪いってことはないのだが。強いて言えばスローテンポなところが、かな(アップテンポな曲が好きなもので…)。歌詞は悪くない。でもせっかくの英語の決め台詞が活かされていない曲のような気がしてならない。(2000.8.22) |
| 2001 CLASSICS 光GENJI ORCHESTRA VERSION (とぅーさうざんどわんくらしっくすひかるげんじおーけすらばーじょん)[固有名詞]編曲:千住明 演奏:チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 指揮:マリオ・クレメンツ |
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1994年8月2日に発売された光GENJIの代表作(?)をクラシック音楽に編曲したもの(ヴォーカルなし)。収録曲は下記の通り。2004年3月17日、廉価版発売。(2004.3.24) 1.太陽がいっぱい 2.ガラスの十代 3.愛してもいいですか 4.パラダイス銀河 5.FLOWER OF MY HEART 6.STAR LIGHT 7.涙の輝き 8.素敵に… 9.Graduation |
| 2.5.7 (とぅーふぁいぶせぶん)[曲名]作詞・作曲:KA-KUN 編曲:小西貴雄 プロデュース:諸星和己 |
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アルバム「WELCOME」(1993年9月)収録。「See You Again」(1995年8月)にも諸星和己セレクションの1曲として収録されている。光GENJIファンの聖歌。 赤ちゃんの産声から始まるこの曲は、ラップでメンバーを紹介しながら光GENJIの永遠の絆を描いたダンスナンバー。 コンサートの定番曲ともなり、2002年にポニーキャニオンが企画した「光GENJI ALL SONGS REQUEST」のファン投票でも見事1位に輝いた。1994年夏の7人最後のコンサート(「FOREVER YOURS」)、オーラスのダブルアンコールもこの曲であった。この曲をもう1度7人で歌ってもらえたら死んでもいいと思っているファンも多い(はずだ)。 歌詞は一部を除いて公表されておらず、長らく謎となっていたが、この曲の発表後13年余経った2007年3月、カラオケ「JOYSOUND」のサイトにおいて会員登録(無料)をすれば歌詞の全貌が見られるようになった。 もしメールアドレスやハンドルネームに「257」が付いている人がいたら、光GENJIファンであると見てまず間違いないので、そっとしておいてやってほしい。(2007.3.6) |
| 2 OUT FULLBASE (とぅーあうとふるべーす)[曲名]作詞:内海光司 作曲:魚海洋司 編曲:飛澤宏元 |
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アルバム「HEART'N HEARTS」(1994年3月)収録。内海光司ソロ曲。 誰も言ってくれないので自分で言うが、この曲は内海光司ソロ曲の中で最高傑作だと思う。 確か時代はJリーグが始まってサッカー全盛期。「なぜ今さら、野球をテーマに?」と多くのファンが思っただろうが(その前に誰も内海光司のソロなんか聴いちゃいなかったかもしれないが)、そんな内海光司の感性が愛おしくてたまらない。もっとこんな「はじける青春系」の歌を書いてほしかったなあ。何か訳の分からない恋の歌なんて書いてないでさ。(2003.9.18) |
| 2月28日 (にがつにじゅうはちにち)[その他] |
| 山本淳一の誕生日。1972年2月28日(2003.8.21) |
| 365コの夜 (さんびゃくろくじゅうごこのよる)[曲名]作詞:真名杏樹 作曲:山口美央子 編曲:佐藤準 |
| アルバム「Thank you(333)」(1991年3月)収録。(執筆中) |
| 4 CROWS (ふぉーくろうず)[固有名詞] |
| 1996年12月21日に発売された大沢樹生のEP。収録曲は下記の通り。(執筆中) |
| 4月20日 (しがつはつか)[その他] |
| 大沢樹生の誕生日。1969年4月20日。(2003.8.21) |
| 5月8日 (ごがつようか)[その他] |
| 赤坂晃の誕生日。1973年5月8日。(2003.8.21) |
| 6月25日 (ろくがつにじゅうごにち)[その他] |
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「光」と「GENJI」が合体して「光GENJI」が結成された日。1987年6月25日。ファンの間では結成日よりデビュー日である8月19日を記念日とする風潮が強い。 1988年9月4日に放送された「歌え!アイドルど〜む」において、光GENJIデビュー1周年を記念して設けられたコーナー「光GENJI GRAFFITTI(原文ママ)」の冒頭で明らかにされているが、同番組がテレビ東京系列(ローカル局)だったためか、ファンの間でもこの日が結成日だということは浸透していない。(2007.6.8) |
| 7 (なな、しち、せぶん)[数詞] |
| 光GENJIを連想させる神聖な数字。虹、北斗七星、ラッキー7など、神秘的かつプラスのイメージで用いられることが多い数字でもある。映画「マトリックス・レヴォリューションズ」パンフレットによれば、聖書では「7」は完璧を意味する神の数字だそうである。納得。(2003.11.25) |
| 7×7 (せぶんばいせぶん)[固有名詞] |
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光GENJI7周年を記念して1993年7月に出版された写真集。 写真集としての出来映えもさることながら、「Question & Answer《メンバーがメンバーに鋭く迫る!?》」「《男の肖像》俺たちから等身大のメッセージ」など読み物としても充実している。 特に「座談会『振り返ってYesterday』」は、メンバー同士の視線が交差している写真が多く表情も豊かで、語られる様々な逸話とともに興味深く読むことができる。筆者が特に気に入っているエピソードは、「諸星『でもね、1番心に残ってるのはデビュー翌年の元旦の『少年御三家』と初の単独コンサート。俺、コンサートの2日前に胸部骨折してさ(中略)あの大みそか、俺は『迷惑かけるからいい』って言ったのに、寛之が心配してホテルの同じ部屋に寝てくれたんだよね…。』、寛之『そうだっけ?俺は『諸星が“寛之にいてほしい”って言ってるから』ってスタッフに言われたから…。そうか、そういうカラクリがあったのか(後略)』」。…このカラクリを考えたスタッフに一度お会いしてみたい。 また「'87〜'93ING−光GENJI栄光の軌跡−活動記録」「思い出アルバム−多感な男たちの青春群像」などは資料的価値が高い。デビュー前後の彼らを知りたい人は目を通しておくことをお勧めする。 ところで、このころ赤坂晃ってば「俺は、結婚は遅いかもね」(「恋愛論〜男の本音、俺の恋〜いつかめぐり逢う『君』へ」より)なんて言ってたんだね…。人間、余計なことは言うもんじゃないね(そりゃま、世間的に見れば決して「早い結婚」ではなかったけれど)。(2003.8.21) |
| 7a.m. (せぶんえーえむ)[曲名]作詞:中村邦男 作曲:羽田一郎 編曲:小西貴雄 |
| 赤坂晃のアルバム「The Way to Our Promise」(1996年7月)収録。(執筆中) |
| 7番目の夏 (ななばんめのなつ)[固有名詞] |
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1993年11月2日に発売されたストーリー仕立てのビデオ。2003年8月20日DVD化。 内海光司の「お前、絶対パソコン使ったことないだろう!」というマウスクリック、「画家になるなら普通フランスに行くよね」&「それにしても英語ヘタ過ぎないか」&「バンダナ似合わねー」と思わずにはいられない赤坂晃、山本淳一と佐藤敦啓が大学生という無理のある設定、出演者が多く制作費がそちらに流れたせいかあまりにショボ過ぎるCGなど、ツッコミどころ満載。 だが全体的に7人のビジュアルがイケているところは評価できる。赤坂晃のバンダナも見慣れればそれほど悪くない。大沢樹生も台詞が少ないのでカッコ良さを純粋に堪能できる。佐藤敦啓は相変わらず美人。山本淳一は相変わらず可愛い。ただ内海光司のメガネはちょっとアレかも…。メガネがなければ結構イケる。中でも佐藤寛之の上品な物腰はまるで「お姫様」を彷彿とさせ、これだけでも一見の価値あり。何より「選ばれし7人」という設定はそれだけで筆者のツボをくすぐるものがある。 「ファンならば必見」とまではいかないが、イケてる7人を堪能したい方、およびツッコミながらビデオを鑑賞したい方にはお勧めできる1本。(2003.9.10) |
| 8月12日 (はちがつじゅうににち)[その他] |
| 諸星和己の誕生日。1970年8月12日。「年子期間」の始まりの日でもある。(2003.8.21) |
| 8月12日〜8月29日 (はちがつじゅうににちからはちがつにじゅうくにち)[その他] |
| 「年子期間」を参照のこと。(2003.8.21) |
| 8月19日 (はちがつじゅうくにち)[その他] |
| 光GENJIのデビュー日。光GENJIファンにとって、神に感謝すべき最も大切な日。1987年8月19日。(2003.8.21) |
| 8月27日 (はちがつにじゅうしちにち)[その他] |
| 光GENJIから大沢樹生、佐藤寛之が脱退した日。1994年8月27日。(2003.8.22) |
| 8月30日 (はちがつさんじゅうにち)[その他] |
| 佐藤敦啓の誕生日。1973年8月30日。この日が「年子期間」の終わりとなる。(2003.8.21) |
| '93 WINTER CONCERT BRAVO! Nippon〜at YOYOGI NATIONAL STADIUM〜 (ないんてぃすりーうぃんたーこんさーとぶらぼーにっぽんあっとよよぎなしょなるすたじあむ)[固有名詞] |
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1994年4月6日に発売された1993年冬のコンサートビデオ。2003年8月20日DVD化。 佐藤敦啓曰く「7人が団結した最初で最後のコンサート」。 その言葉にふさわしく、オープニングからエンディングに至るまで様々な趣向が凝らされており、ソロ部分は良くも悪くもメンバーの個性が際立っている(「良くも悪くも」という部分、重要)。個人的には「十六夜物語」の赤坂晃と、「Merry-go-round」の諸星和己を強く押したい。「感じながら…」の佐藤敦啓は、彼のちまちましたダンスをカメラワークを駆使して魅せてくれた編集スタッフに拍手。また、メドレーは息つぐ間もなく、次から次へとキラキラ輝いた宝石が出てくる宝石箱のよう。それでいてちょっとした息抜きの小ネタが含まれていたりするなど、観客を飽きさせることがない(ただし衣装は最悪の部類に入るものもあるので、そのつもりで)。 まさに光GENJIメンバー7人全員で創り上げたコンサートの一つの完成型と言えるだろう。「2.5.7」「三日月の夜に…」「BREAK DOWN BOY」で自由にステージを駆け巡り、心底楽しそうに歌い踊る彼らから、1年後の2人脱退を誰が予想し得ただろうか。 かつて「光GENJI」に少しでも胸をときめかせたことのある人なら、必見×∞。 可能ならば「ROHITTSUA」の2003年8月17日付DIARYを読んでから観ることをお勧めする。読後に観ると号泣すること必至。(2003.8.25) |
| 9月3日 (くがつみっか)[その他] |
| 光GENJI SUPER5卒業(解散)の日。1995年9月3日。(2003.8.22) |